こんにちは、Ruiです!

 

今、日本で1番大切にしたい会社として注目されている『日本理化学工業』。

 

日本理化学工業は、大山要蔵さんという方が創業したチョークを製造する会社で、息子の泰弘さんが受け継いだ頃から、知的障碍者の方を雇用するようになりました。

 

今では、日本理化学工業の全社員のおよそ7割が知的障害者の方々が一生懸命に働いているんだそうです。

 

そこで今回は、『大山泰弘の経歴プロフィール!知的障害者を雇用したきっかけとは?』と題して、創業者の息子である泰弘さんのプロフィールから経歴、そして日本理化学工業が知的障害者の方々を雇用されたきっかけまで迫ってまとめていきたいと思います。

 

それでは早速、本題へ入っていきましょう!

 

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大山泰弘さんのプロフィールと経歴について

 


画像引用元:https://hbol.jp

プロフィール

名前:大山泰弘(おおやま やすひろ)
生年月日:1932年11月15日
年齢:85歳(2018年5月現在)
出身地:東京都
最終学歴:中央大学法学部 卒業

経歴

1956年、中央大学の法学部を卒業した大山泰弘さんは、父親である要蔵さんが創業した日本理化学工業株式会社へ就職しました。

 

元々、大山泰弘さんは弁護士か教師になりたかったそうですが、その当時、社長を務めていた父親の要蔵さんが体調を崩してしまったことがきっかけで会社を受け継ぐことになります。

 

1959年頃から日本理化学工業は知的障害者を雇用するようになり、1974年に大山泰弘さんは代表取締役に就任しました。

 

大山泰弘さんが社長を務めるようになってからは、知的障害者の方でも働きやすい環境を作り上げ、現在の全社員のおよそ7割が知的障害者とのことです。

 

日本理化学工業で働く従業員のほとんどが知的障害者ということで、テレビや雑誌などの取材も後を絶たないほど話題になり、今では日本で1番大切にしたい会社として注目されています。

 

 

日本理化学工業が知的障害者を雇用するようになったきっかけとは?

 

大山泰弘さんが大学を卒業した後に日本理化学工業へ就職して間もない頃に、養護学校の先生から卒業生の就職を受け入れて欲しいとお願いをされたんだそうです。

 

しかし、大山泰弘さんは知的障害者の方と接したことがなかったという理由で、申し訳ない気持ちはあったものの断ってしまいます。

 

その後も養護学校の先生は、知的障害者を雇用してくれるように何度も足を運んで訴え続け、『あの子たちは、一生働くことを知らずに、この世を終わってしまう人となるのです』という先生の言葉で、大山泰弘さんに同情心が芽生え、『2週間程度の就労体験なら』と引き受けることにしました。

 

その時、まだ大山泰弘さんは知的障害者を雇用しようとは思っていなかったのですが、体験労働をしにきた女の子が昼休みのチャイムにも気づかずに一心不乱にラベル貼りをしていたんだそうです。

 

知的障害者の女の子の一生懸命に働く姿を見た社員が、大山泰弘さんに『私たちが面倒を見るので、雇ってください』とお願いされたことがきっかけとなり、その翌年に養護学校を卒業した女の子2人を雇用することにしました。

 

しかし、日本理化学工業で知的障害者の方と一緒に働く中で、大山泰弘さんにはどうしても分からないことがありました。

 

それは、知的障害者の方は施設で楽に過ごすことができるのに、なぜそこまでして一生懸命に働こうとしているのか大山泰弘さんには理解が出来なかったのです。

 

そのことを、禅寺の住職にその疑問をぶつけてみた大山泰弘さん。

 

すると住職は、人間の究極の幸せというのは、

  • 人に愛されること
  • 人にほめられること
  • 人の役に立つこと
  • 人から必要とされること

と、働くことによって愛以外の3つの幸せは得られ、『障害者の方たちが、企業で働きたいと願うのは、社会で必要とされて、本当の幸せを求める人間の証なのです』と住職から言われたそうです。

 

住職から言われたその言葉に胸を打たれた大山泰弘さんは、1人でも多くの障害者の方々に『働く幸せ』を感じて欲しいと考えるようになったと言います。

 

現在の日本理化学工業では、全社員のおよそ7割が知的障害者ということで、生産工程で使用される道具は障害者でも使いやすいように工夫されており、製造部門では主力メンバーとして一生懸命に働いているとのことです。

 

中には、就業中に突然暴れ出したり、仕事を休む従業員いるようですが、きちんとルールを決めたりするなど、従業員は日々成長しながら仕事に励んでいるとのことです。

 

一番最初に知的障害者を雇用した2人の女性は、定年後も嘱託社員として工場で働き続けていたようです。

 

それだけ日本理化学工業という会社は、知的障害者の方々でも働きやすい環境だというのが分かりますね!

 

 

大山泰弘さんの会社『日本理化学工業』の概要

 

会社名:日本理化学工業株式会社
本社:神奈川県川崎市高津区久地2-15-10
創業年:1937年2月13日
創業者:大山要蔵
会長:大山泰弘
代表取締役:大山隆久

 

日本理化学工業は、創業80年以上もの歴史ある、文房具や事務用品などを製造販売する会社で、その中でも有名なのがチョークです。

 

日本理化学工業で製造しているチョークは全国でもシェアトップで、学校で使っていたチョークもその会社で製造されたチョークがほとんどです。

 

日本理化学工業では、チョーク以外にも『キットパス』という筆記具を製造販売しています。

 


画像引用元:http://www.rikagaku.co.jp/items/kitpas.php

 

キットパスは、キャップのし忘れで乾いて書けなく心配もなく、固形のマーカーになっているため、書いても消しても粉が出ないという特徴があります。

 

また、ホワイトマーカーのような独特な揮発臭もなく、ホワイトボードなどに書いた後は、濡れた布などを使って簡単に消すこともできます。

 

ホワイトボードの普及に伴い、チョークの需要が減ってきた対抗策として、キットパスという全く新しい筆記具が開発されたと思うのですが、キャップをし忘れて使えなくこともなく、しかも粉がでないというのは衛生的に良いのも嬉しいですよね!

 

こんな画期的な筆記具があったとは、今まで知らなかったので、一度試して書いてみたいですね!

 

 

まとめ

 

今回は、『大山泰弘の経歴プロフィール!知的障害者を雇用したきっかけとは?』と題して、創業者の息子である泰弘さんのプロフィールから経歴、そして日本理化学工業が知的障害者の方々を雇用されたきっかけまでをまとめて紹介させて頂きました。

 

大山泰弘さんが知的障害者の方々を積極的に雇用している理由がよく分かりましたし、全社員のおよそ7割を占めるというのは簡単にできるものではないので、本当に凄いことだなと思います。

 

日本理化学工業だけではなく、他にも多くの企業で知的障害者の方々が活躍できる場が出来たらいいなと思います。

 

それでは、今回はこれで以上とさせて頂きます。

 

最後まで閲覧して頂きましてありがとうございました!

 

Rui。