こんにちは、Ruiです!

 

2000年5月3日に発生し、前代未聞の事件と呼ばれた『西鉄バスジャック事件』。

 

この事件で逮捕された犯人は、当時17歳の少年でした。

 

それから18年の月日が経過し、逮捕された時は少年だった犯人も現在は30歳を超えた大人になっています。

 

そこで今回は、『西鉄バスジャック事件の犯人の名前・顔画像は?今現在は出所してる?』と題して、事件の内容から当時17歳の犯人の名前と顔、そして現在は出所しているのか調査してまとめていきたいと思います。

 

それでは早速、本題へ入っていきましょう!

 

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『西鉄バスジャック事件』について

 

 

西鉄バスジャック事件は、当時17歳の少年が犯行を起こした、15時間半に及ぶ前代未聞のバスジャック事件です。

 

2000年5月3日の午後12時56分頃、佐賀駅バスセンターから福岡・天神行きの西日本鉄道高速バス『わかくす号』が出発しました。

 

このバスに乗客していたのは、16人ほどだったそうです。

 

ちょうどゴールデンウイークという時期だったこともあり、乗客の中には、福岡へ帰省する人、旅行へ行こうとする若者、祖父母に会いに初めて行く少女もいたとのこと。

 

そして、出発から約40分後の13時35分頃、九州自動車道の太宰府インターチェンジ付近で刃渡り約40センチの牛刀を持った少年が当時56歳の運転手に牛刀を突きつけ、そして乗客に対して『天神には行くな、このバスを乗っ取ります』と突然言ったそうです。

 

犯人となった少年は、途中でバスに搭乗きた5人の計21人の乗客の荷物を前に集めるように言い、全員を後ろの席に下がらせるように犯人は指示しました。

 

しかし、真ん中の席に座り眠り続けてた東京在住の当時34歳の女性が犯人に気づかず、そして『あなたはふて腐れていますね』と言い、持っていた牛刀でその女性の首筋を突き立てました。

 

すると、犯人は『あなたたちが行くのは、天神ではなく地獄です。』と言い、またしても荷物の中から携帯電話などをかき集め、カーテンの窓も閉めるよう指示。

 

さらに、女性客を前に、男性客を後ろにまわしました。

 

また犯人は、座席の間の補助席を倒すように指示し、万が一に腕力のある男性客が犯人を取り押さえるようとしても、すぐには前に来られるのを防ごうとしました。

 

その時、運転手が1人で乗ってきた少女だけは解放するようにお願いするものの、犯人はそれをあっさりと却下。

 

そのままバスは走り続け、山口県に渡る関門橋が目前に迫った頃に、犯人が人質となった乗客に対してトイレに行くことを許可します。

 

そしてバスを路肩に停車させ、犯人は『逃げたりしたら、残っている乗客を全員・・・します』と脅したうえで、乗客を1人ずつ降ろし始めました。

 

最初にバスを降りたのは、小型犬を抱えていた当時40代の女性でした。

 

その時、犯人はバスの昇降口から身を乗り出し、その女性の様子を伺っていたようですが、そのまま戻ることはありませんでした。

 

そこで犯人は初めて興奮した様子で『あいつ、帰ってこない。裏切りやがった。許さない。絶対に・・・してやる』と言い、運転手にバスを発車するように指示しました。

 

一方、脱走した女性は、すぐさま高速道路沿いにある非常電話から、バスジャックされたことを道路公団に通報。

 

通報した時の時刻は、佐賀駅バスセンターから出発してからおよそ2時間後の午後2時47分頃でした。

 

道路公団は、バスジャックされた『わかくす号』がまだ福岡に到着していないことを確認し、福岡県警に通報。

 

連絡を受けた山口県警が緊急配備を敷いたのは、午後3時9分頃でした。

 

その間、犯人は『僕は約束は守ります。見せしめです。1人・・・します』と言い、乗客していた50歳女性の席に近づき、首にめがけて牛刀で何度も刺し、女性は通路に倒れ込んでしまいました。

 

午後3時35分頃、中国自動車道を走るバス『わかくす号』を確認した警察が追尾を開始。

 

ちょうどその頃に、当時30歳の女性が走行中のバスの窓を開けた瞬間に飛び降り脱出します。

 

この女性は右足骨折の重傷を負ってしまったようですが、命に別条はありませんでした。

 

しばらくの間、犯人はその女性が脱走したことに気付いていなかったようで、その後に窓が開いているのを見つけると、近くに座っていた68歳の女性に対して『逃げようとしているんですか』と首を牛刀で刺しました。

 

午後3時45分頃、なぜか犯人は携帯電話で110番し、そこで『ヤマダ』いう名前で名乗り、『こっちには人質がいる』と忠告したようです。

 

午後4時9分頃には、『拳銃を用意してください』と要求し、また犯人は1人で乗っていた少女を近くに座らせ、そして盾にし始めます。

 

その後に、NHKが初めて西鉄バスジャック事件の第一報を報道し、上空には報道機関のヘリ10機がバスを探して追い始めました。

 

バスは、山口県の下松サービスエリアに近づいていましたが、その先にはパイロンとパトカー7台が道路をふさぐ形で停められていました。

 

そこでバスは一旦停車させたものの、警察はすぐに封鎖を解除、目の前を通過。

 

バスが走り始めた直後の午後4時21分頃、後ろに座っていた当時52歳の男性が窓から飛び降り、軽傷を負うも脱出に成功します。

 

すでに3人に逃げられたことに犯人が激怒し、通路に倒れ込んでいた女性の首に牛刀を振り落とし、しばらくした後に亡くなってしまいます。

 

午後5時24分頃、広島県の武田山トンネル内で、犯人は運転手にバスを停めさせました。

 

そこでなんと犯人が男性客4人を全員降ろしたのです。

 

男性が降りる間、犯人はずっと幼い少女の首に牛刀を突き付けていたようです。

 

男性客の中には妻と一緒だった人もいて、妻を残して降りるのは辛いことでしたが、すでに3人がケガを負っていることから、下手に逆らうことはできなかったとのことです。

 

5時50分頃、広島県警はバスジャックされた『わかくす号』を山陽自動車道・奥屋PAに誘導し、バスは警察車両に取り囲まれる形で停車しました。

 

それからは警察の交渉が始まり、犯人は拳銃と防弾チョッキとスタンガンを差し入れることを要求したようです。

 

犯人との交換条件で、負傷していた3人の人質を解放し、防刃チョッキを受け取りました。

 

搬送された3人のうち、1人の命が亡くなったことが確認され、残り2人は重傷だったようです。

 

それからは、犯人と警察の間で3時間半ほど膠着状態が続いていましたが、午後9時37分頃に、バスはパトカーに先導されて再び走り始めます。

 

犯人は東京・霞ヶ関に行きたいという理由で燃料の補充を要求し、バスは給油のために、小谷SAに入ります。

 

その後の午後10時34分頃、最高齢の女性客を解放。

 

解放された女性客は、少女の解放をお願いしたようですが、犯人はそれでも要求を聞こうとしませんでした。

 

日付が変わり、事件発生から15時間が過ぎた午前5時頃、特殊急襲部隊『SAT』は、犯人が少女と離れた瞬間を狙い、左右の窓を割って『フラッシュバン(閃光手投げ弾)』を投げ入れ、取り押さえました。

 

救出の際に1人が負傷したものの、当時乗っていた人は全員無事となり、15時間半に及ぶバスジャック事件が終わりました。

 

 

『西鉄バスジャック事件』の犯人の名前は?

 

西鉄バスジャック事件の犯人は、当時17歳の少年であったことから、少年法により犯人の名前については伏せられていました。

 

しかし、後に実名が公表され、犯人は『谷口誠一』という名前であることが分かっています。

 

西鉄バスジャック事件の犯人、谷口誠一は、学校のPTA活動にも積極的に参加する父親と教育熱心な母親と自己肯定感が強い妹の4人家族でごく普通の家庭環境に育ちました。

 

谷口誠一は、幼少期から言動に落ち着きがなく、注意力が散漫であったようです。

 

小学生の頃は成績がよく、周囲は谷口誠一を優等生として見られていました。

 

谷口誠一は、学力的に優れてはいるものの、協調性に乏しくみんなに馴染めない性格であったようです。

 

中学校へ入学し、2年生までは学年2位の優秀な成績を誇っていたようですが、運動が苦手だったことから同級生からのいじめを助長したようです。

 

谷口誠一がいじめを受けていることを両親は中学校に相談しましたが、いじめの事実を学校や教育委員会が認めることはありませんでした。

 

そして、中学校生活でのいじめの憂さ晴らしをするかのように、家庭では母親を貴様呼ばわりするなど命令口調で暴言を吐き、『この家の跡取りは僕なんだ』と言って物を投げつけ暴力を振るうような毎日だったようです。

 

その暴力の対象にされたのが母親と妹で、特に暴力の矛先は妹に向けられます。

 

中学2年生までは成績優秀だった谷口誠一でしたが、高校受験が近づくにつれて成績は下降。

 

高校受験を目前にしたある日、同級生たちは谷口誠一に階段の踊り場から地面に飛び降りる度胸試しをするよう迫りました。

 

飛び降りたものの、着地に失敗して頸椎損傷の重症を負って入院してしまいます。

 

高校受験は、特別な配慮で病室にて受験し県下でも有数の進学校、佐賀県立致遠館高校に合格しました。

 

しかし、谷口誠一にとっては、希望よりワンランク下の高校であったため校風に馴染めずという理由で、わずか9日間で不登校となり、5月には自主退学。

 

それからは、家に引きこもるようになってしまいました。

 

家に引きこもるようになった谷口誠一は、インターネット上の匿名掲示板『2ちゃんねる』に没頭する毎日を送っていたようです。

 

谷口誠一のハンドルネームは『キャットキラー』。

 

他の掲示板住人に煽られたり、煙たがられながらバトルを繰り広げては自分の居場所をネットにぶつけていたようです。

 

2ちゃんねるのバトルで惨敗をきした谷口誠一は、ハンドルネームを『キャットキラー』から『ネオむぎ茶』と変えました。

 

このことが、西鉄バスジャック事件の別名を『ネオむぎ茶事件』と呼ばれるようになったのです。

 

西鉄バスジャック事件の裁判とその判決についてですが、2000年6月5日に、広島地方検察庁は刑事処分が相当であるとして、佐賀県家庭裁判所に西鉄バスジャック事件の犯人である谷口誠一を送致しました。

 

佐賀県家庭裁判所は、谷口誠一に対して西鉄バスジャック事件当時の責任能力は認めたものの精神鑑定を実施。

 

谷口誠一には、自分が自分でなくなる感覚の解離性障害や行為障害症状がみられ、精神分裂病を発症するおそれがあるという精神鑑定結果が出ました。

 

そして、2000年9月29日で佐賀家庭裁判所は谷口誠一に対して日常的に精神科医の観察が必要であると判断し、5年以上の医療少年院送致とする保護処分を下しました。西鉄バスジャック事件の犯人、谷口誠一は京都医療少年院に収容されました。

 

 

『西鉄バスジャック事件』の犯人の今現在は出所してる?

 

ところで今現在、谷口誠一は出所しているのでしょうか?

 

事件発生から4年8ヶ月後の2006年1月に京都医療少年院を仮退院。

 

仮退院後のおよそ2ヶ月間は保護観察処分となり、谷口誠一は保護司の支援を受けながら生活してました。

 

2006年3月26日に本退院の条件が整ったことで、京都医療少年院を出所しています。

 

西鉄バスジャック事件の当時は17歳の少年でしたので、それから18年の月日が経っているということは、今年35歳になる計算になります。

 

おそらく、出所をした今現在は、谷口誠一から名前を変えてこの社会のどこかで暮らしているのではないかと思われます。

 

 

『西鉄バスジャック事件』の犯人・谷口誠一の顔画像は?

 

谷口誠一は当時17歳の少年であったため、少年犯罪は少年法に守られていることから犯人の顔と名前については報道はされていませんでした。

 

しかし、西鉄バスジャック事件の犯人の顔は、ネット上の掲示板にて、バスジャックされた車内の画像がアップされたことによって公開されています。

 

掲示板の他にも、ネット上で画像は拡散され、実際に『西鉄バスジャック』と検索してみると、谷口誠一の顔画像が掲載されています。

検索した結果がコチラ

 

 

まとめ

 

今回は、『西鉄バスジャック事件の犯人の名前・顔画像は?今現在は出所してる?』と題して、事件の内容から当時17歳の犯人の名前と顔、そして現在は出所しているのか調査したのをまとめて紹介させて頂きました。

 

2018年5月3日放送のフジテレビ系『直撃!シンソウ坂上』では、西鉄バスジャック事件の当時の捜査官や被害者へのインタビューを元にドラマで再現し、主演には女優の松下由樹さんの他、豪華キャストでお届けるするとのことです。

 

もしかしたら、現在明かされていない部分が公開されるかもしれないので、気になる方はご覧になってみてはいかがでしょうか。

 

それでは、今回はこれで以上とさせて頂きます。

 

最後まで閲覧して頂きましてありがとうございました。

 

Rui。

 

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