松井秀喜のメジャーでの成績は?ゴジラの伝説エピソードがヤバいww

こんにちは、Ruiです!

 

平成を代表する野球界のスーパースターで、『ゴジラ』という愛称で呼ばれている松井秀喜さん。

 

1992年にドラフト1位で巨人に入団し、そこで10年間チームの顔、また巨人の主砲として多くの貢献を果たしプレーしてきました。

 

そして、2003年にニューヨーク・ヤンキースへ移籍し、現役引退するまでの9年間、メジャーリーグで活躍していました。

 

そこで今回は、松井秀喜さんが現役時代にメジャーで活躍されていた頃にスポットを当てて、成績などを調べてまとめてみました!

 

題して、『松井秀喜のメジャーでの成績は?ゴジラの伝説エピソードがヤバいww』

 

それでは、早速本題へ入っていきましょう!

 

 

 

松井秀喜のメジャーでの成績は?

 

 

【メジャー1年目】

2003年に名門『ニューヨークヤンキース』へ移籍した松井秀喜さん。

 

そんな松井秀喜さんのメジャー1年目の成績は、『打率.287、16本、106打点』と、まだメジャーでのプレーが慣れていないせいか、本塁打が少なくゴジラらしいプレーではありませんでした。

 

【メジャー2年目】

本塁打を量産するために、上半身中心の肉体改造を行った結果、2年目の成績は、『打率.298、31本、108打点』という、ゴジラらしさを取り戻すシーズンでした。

 

【メジャー3年目】

『打率.305、23本、116打点』で、昨年より本塁打は減ってしまいましたが、打点はメジャーに来てから一番多く、いい成績でした。

 

当初、ニューヨークヤンキースでは3年間の契約でしたが、シーズンオフに4年間の契約延長をします。

 

【メジャー4年目~6年目】

4年間の契約延長もすることが出来て、3年目までの成績は良かったですが、4年目の2006年に『左手首骨折』というケガを負ってしまい、また6年目となる2008年には、『古傷による左ひざの手術』などが重なり、仕方なく試合を休むことが余儀なくされ、これまでのいい成績を残すことが出来ませんでした。

 

【メジャー7年目】

ケガなどにより松井秀喜さんにとって辛い時期を乗り越え、メジャー7年目の成績は、『打率.274、21本、90打点』と調子を戻し、チームのヤンキースも『ワールドシリーズ制覇』を成し遂げました!

 

また、その年に松井秀喜さんは、『ワールドシリーズMVP』を獲得しましたが、ヤンキースとの契約は延長されませんでした。

 

【メジャー8年目~10年目】

それから松井秀喜さんは、『エンゼルス』・『アスレチック』・『レイズ』の3球団を1年ずつ在籍。

 

しかし、これまでのようなゴジラらしいプレーが出来ず、10年目の成績は『打率.147、2本、7打点』という、屈辱を味わう結果となってしまいました。

 

そして松井秀喜さんは、メジャー10年目の2012年12月に現役引退を表明。

 

日本の球界やファンは、もう一度プロ野球に戻ることを期待していましたが、松井秀喜さんは『ファンの期待に応える自信が持てなかった』という理由で、日本でのプレーを観ることはありませんでした。

 

松井秀喜さんは、メジャー1年目からの3年間は連続で100打点を越えていましたし、ヤンキースに在籍していた時に、『ワールドシリーズMVP』を獲得したのは本当に凄いことだと思います。

 

 

ゴジラの伝説エピソードとは?

 

松井秀喜さんの伝説エピソードを探してみると多くあったので、その中でも個人的に高校時代の伝説が凄いと感じたので、今回はそのエピソードを紹介したいと思います!

 

松井秀喜さんは、星陵高等学校の野球監督からの熱烈なオファーなどを受けて星陵高校に進学しました。

 

その当時、星陵高校の監督を務め、松井秀喜さんの恩師である山下監督に毎年の目標を課せられていたそうです。

 

入学してすぐに課せられた目標は、石川県一のバッターになること。

 

そして、2年生になると『北信越一のバッターになれ!』、3年生では『全国一のバッターになれ!』と山下監督に言われたそうです。

 

松井秀喜さんはその約束通りに、優秀な先輩を押しのけて1年生の時から4番に抜擢され、大活躍!

 

そして伝説とも言えるエピソードが、松井秀喜さんが高校3年になった夏の甲子園での出来事です。

 

甲子園2回戦で、星陵高校は明徳義塾高校と試合に当たりました。

 

その試合で松井秀喜さんは打席に5回立つものの、ランナーの有無・得点差・アウトカウントなど関係なしに、『5打席連続敬遠』

 

その試合で、星陵高校は敗れてしまい、松井秀喜さんは一度もバットを振ることが出来ませんでした。

 

また急遽、日本高等学校野球連盟が記者会見を開き、その当時、大きな波紋となりました。

 

それだけ松井秀喜さんは高校生レベルではないほどの実力を持っていたのでしょう!

 

 

まとめ

 

今回は、『松井秀喜のメジャーでの成績は?ゴジラの伝説エピソードがヤバいww』についてまとめて紹介しました!

 

メジャーに行ってからケガなどで思うようにいかない時期があったと思いますが、改めて巨人時代から松井秀喜さんの成績は凄いなと実感し、そんな簡単に松井秀喜さんの成績を超えるような選手は現れないのでしょうか?

 

しかし、松井秀喜さんを超えるような第二のゴジラが現れることを期待したいと思います。

 

それでは、今回はこれで以上とさせて頂きます。

 

最後まで閲覧して頂きましてありがとうございました。

 

Rui。

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