こんにちは、Ruiです!

 

2018年4月6日放送のTBS系『爆報!THEフライデー』に、90年代に飛躍した元ボクサーのピューマ渡久地さんが出演されます。

 

そこで今回は、イケメン天才ボクサー『平成の三羽烏』と呼ばれたピューマ渡久地さんについて記事を書いていきたいと思います。

 

題して、『ピューマ渡久地の離婚理由と病気は?現在はジムの会長で元妻と経営?』

 

それでは早速、本題へ入っていきましょう!

 

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ピューマ渡久地のプロフィールと経歴

 

本名:渡久地 隆人(とぐち たかと)
生年月日:1969年11月20日
年齢:48歳(2018年4月現在)
出身地:沖縄県うるま市
血液型:A型
身長:161cm
高校:興南高等学校
大学:日本大学農獣医学部 中退
スタイル:右ファイター

 

ピューマ渡久地さんがボクシングを始めたのは、高校へ入学した時です。

 

金城真吉監督の指導の下でボクシングの才能を開花させていき、1987年のインターハイでは川島郭志さんに敗れ、惜しくも準優勝でしたが、海邦国体では沖縄県チームとして優勝されています。

 

アマチュア時代から58戦53勝5敗という戦績で、プロ顔負けの実力も既に持っていたピューマ渡久地さんは18歳でプロ入りを果たし、1988年8月にデビューしました。

 

プロデビューした後、『全日本新人王』『A級トーナメント優勝』『日本プロスポーツ大賞』『内閣総理大臣新人賞』を受賞。

 

東日本新人王のトーナメント決勝では、インターハイ決勝で敗れてしまった、後のWBC世界スーパーフライ級王者・川島郭志さんを6回TKOで勝利しました。

 

9戦全KO勝ちの戦績で、1990年3月の10戦目にして、プロデビュー2年足らずで日本フライ級王者を果たしました。

 

その後の防衛戦でもKO勝ちで勝利を収め、デビュー戦から11戦連続KO勝ちというのは、日本歴代3位の記録となっています。

 

ちなみに、日本記録は15戦連続KO勝利になっており、浜田剛史さん、渡部あきのりさん、比嘉大吾さんが達成しています。

 

比嘉大吾さんに関しては、新記録の期待がされています。

 

2度目の防衛戦でも勝利し、1991年3月に3度目の防衛戦も期待されていましたが、試合直前にピューマ渡久地がまさかの失踪。

 

その結果、日本王座は剥奪となってしまい、ペナルティとしてJCBから『無期限ライセンス停止』の処分を受けて受けてしまいました。

 

それから2年半の近いブランクを経てリングへと戻り、1995年1月23日の復帰5戦目にして日本王座に再挑戦し、4年ぶりに王座を獲得しました。

 

1996年8月26日には、世界初挑戦。

 

無期限ライセンス停止で対戦ができなかった、WBC世界フライ級王者・勇利アルバチャコフさんと対戦しますが、9回TKOで敗北してしまいます。

 

その後、4度目の防衛戦をキャンセルし、保持していた日本王座を返上。

 

ピューマ渡久地さんは、勇利アルバチャコフさんが所属する協栄ジムに移籍した後、5連勝して再び世界挑戦が決定。

 

1998年12月にWBA世界スーパーフライ級王者・飯田覚士さんと対戦することになっていましたが、試合前に『脳梗塞の疑いがある』と診断され、再挑戦は中止になります。

 

脳梗塞の疑いというのは、結局のところ誤診だと分かったのですが、リング復帰するまでに1年以上も要してしまいました。

 

そして、1999年10月に、1年4ヶ月ぶりの試合にピューマ渡久地さんは挑みますが、3回TKO負け。

 

この試合を最後に、ピューマ渡久地さんは現役を引退しました。

 

プロ通算戦績は、27戦23勝(19KO)4敗です。

 

 

ピューマ渡久地の離婚理由と病気は?現在はジムの会長で元妻と経営?

 

ピューマ渡久地さんは、1993年8月に生田聡美さんという女性の方と結婚します。

 

2人は子供にも恵まれ、2女1男をもうけましたが、結婚から13年後の2006年に離婚してしまいました。

 

ただ、離婚した現在も、元妻の聡美さんとは関係は続いているようです。

 

現在、ピューマ渡久地さんは、設立したボクシングジム『ピューマ渡久地ボクシングジム』の名誉会長を務められているのですが、会長は元妻の聡美さんが務めています。

 

 

元々、聡美さんはボクシングの経験はなかったようなのですが、ピューマ渡久地さんと出会ってから、ボクシングを研究するようになりました。

 

ピューマ渡久地さんが現役時代、トレーニング方法や減量のメニューなども勉強して管理していたようです。

 

その経験から、現在はマネージャーライセンスを持っています。

 

なぜ離婚した現在も、ピューマ渡久地さんは元妻の聡美さんと一緒にジムを経営されているでしょうか。

 

実は、ピューマ渡久地さんは、記憶を失っていく病気を患っているようで、離婚した現在も元妻の聡美さんと両親が支えているんだそうです。

 

その詳細については、4月6日放送の『爆報!THEフライデー』にて、詳しく紹介されるかと思います。

 

離婚した現在も、元妻の聡美さんがピューマ渡久地さんのことを支えているとのことですが、そもそも離婚の理由は一体なんだったのでしょうかね。

 

気になったので、離婚した理由について調査してみたのですが、情報がありませんでした。

 

おそらく、嫌いになったとかの理由で離婚した訳ではなさそうですよね。

 

元妻の聡美さんは、記憶を失っていく病気と闘っているピューマ渡久地さんのことを現在も支えているので、詳しい理由は分かりませんが何か特別な事情があって離婚されたのでしょう。

 

 

まとめ

 

今回は、『ピューマ渡久地の離婚理由と病気は?現在はジムの会長で元妻と経営?』についてまとめて紹介させて頂きましたがいかがだったでしょうか?

 

『平成の三羽烏』と呼ばれ、90年代に飛躍した元ボクサーのピューマ渡久地さんが、現在記憶が消える病気と闘いながら、離婚した元妻の聡美さんに支えられ、ボクシングジムも一緒に経営しているとのことでした。

 

記憶が消えるというのは自分でもどうすることができないのでとても辛いことだと思いますが、早く完治して、また色々なことに挑戦して活躍される姿を期待したいです。

 

それでは、今回はこれで以上とさせて頂きます。

 

最後まで閲覧して頂きましてありがとうございました!

 

Rui。