安田純平の現在!国籍は韓国?

今日は安田純平さんの現在韓国国籍についてまとめてみました。

シリアで拘束され3年4か月ぶりに無事に帰国した安田純平さん、本当によかったですねえ。

現在はどのような状況にあるのでしょうか~。

どうぞ最後までお付き合いください。

では安田純平さんのプロフィールからみていくことにしましょう。

安田純平のプロフィール

安田純平(やすだ じゅんぺい)
生年月日:1974年3月16日
学歴:一橋大学社会学部
職業:フリージャーナリスト
活動期間:2003年1月 ~

安田純平さんは埼玉県の出身で、一橋大学卒業後の1997年に信濃毎日新聞入社し、脳死肝移植問題などを担当していました。
もともと新聞記者だったんですよ~。

2002年3月に休暇をとりアフガニスタンを取材、12月にも休暇をとりイラク取材、翌年には新聞社を退社してフリーのジャーナリストになりました。

中東問題に深くかかわっていくことになったわけです。

2003年2月、イラクに滞在しナジャフ県、バグダード、サマーワなどを取材、米軍の攻撃が続く中で、イラク軍に拘束され、のちに解放、その後もイラク軍やイラク警察に数度拘束されています。(o;TωT)o”ビクッ

2004年にはイラク日本人人質事件の人質の消息を掴むためにファルージャに向かう途中で武装勢力に拘束、数日後に解放されています。

この時の拘束はやや緩いもので、捕縛されることもなく、屋外のトイレの使用も認められていたといいます。

2005年1月にはスマトラ島沖地震で被災したアチェ州を取材、そのあと再び中東のヨルダン、シリア、イラクを取材しています。

こうやってみると今回2015年にシリアで拘束される前にも数度の拘束を経験しており、多少油断もあったのかな?という感じもしますよねえ。

安田純平の拘束生活と現在

安田純平さんは、2015年6月にシリア人ブローカーと共に、トルコ南部からシリア北西部のイドリブ県に密入国後に消息が途絶え、拘束生活に入りました。

現在でも安田純平さんを拘束していた武装集団の詳細は不明ですが、アル=ヌスラ戦線によるものとも言われています。

2015年の夏頃には拘束の話が政府内でもでていたようですが、当時の外務大臣はこれに対しては未確認だとしています。

2016年3月16日には安田純平さんとみられる拘束男性の映像が公開され、5月29日には、「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」と書かれた紙をもつ安田純平さんの画像が公開され、拘束の実態が明らかになりました。

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この人の無自覚、無責任な行動で国際的な問題を孕んだ迷惑を日本政府にかけたこと。 フリージャーナリストと仮にでも自分を称するのであれば、自分の行動と職に対して誇りと覚悟を持っていただきたい。 この人の行動から支払われた身代金によってこの先、どれほどの武器が生産、獲得され、一体どれほどの命が失われるかは予測できない。 この人にとって望まない解放のされ方だとしても、この先、未来ある子供が1人でもこの人の身代金によって作られた武器から未来や命を奪われる可能性があると考えると憤りを隠すことができない。 命を奪われた人は、どんな形の解放でも、生きていることに感謝するはずだ。 まず、日本政府に迷惑をかけたこと、そして何よりこれから起こる悲劇を自分の身勝手な行動が呼び起こしたんだということを自覚し、謝罪しろ。 あなたは被害者ではない。これから加害者になるであろう。 #安田純平 #憤り #身勝手 #責任 #自覚がない #シリア

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2018年になっても日本政府は人質に対して身代金を払わないという方針を崩しておらず、多くのジャーナリストが、身代金を払った例を示しながら再三政府に訴えかけをしていたといいます。

2018年7月中旬には安田純平さんが人質となり、助けを訴える動画がネット公開され、安田純平さんのことが大きく報道されることになりました。
ギョッ!Σ(・oノ)ノ

2018年10月23日、カタール政府が身代金を支払い、安田純平さんがトルコ政府に保護され、解放されたという情報が日本政府入りました。

安田純平さんは、比較的しっかりとした足取りでイスタンブールから成田空港に戻り、なんと3年4か月の拘束生活から解放されたのです。

武装勢力に拘束され、殺されてしまった日本人がいる中で、生き延び、帰国した安田純平さん、本当によかったですよね!

安田純平さんからは武装勢力に対する大きな情報が得られる可能性もあります。

またそのような危険地帯に自ら足を踏み入れた安田純平さんの自己責任論の問題などが湧きあがっていますね~。

安田純平さんは、帰国後検査もかねて数日間病院に入院、そのあと東京の日本記者クラブで記者会見を開きました。

安田純平さんの会見での証言を少しまとめてみました。

髭を短く切りそろえた安田純平さん
「私自身の行動によって日本政府が当事者にされてしまったことについて、大変申し訳ないと思う」と謝罪し、

「解放に向けてご尽力頂き、ご心配頂いた皆さんにお詫びしますと共に、深く感謝致します」と述べています。

以前拘束され殺害されたジャーナリストの後藤健二さんのガイドだった男性を通じ、シリアでの取材のアポイントが取れたことでシリア入りし、その後ガイドの人選を誤ったようで、

入国直後に拘束されたとのこと。それについては「凡ミス」と語っています。やはりミスだったんですね・・・

当初は、テレビがある個室を用意されていたと言いますが、日本政府から連絡がないことで、武装集団は解放を渋り、暴行を受けていたようです。

幅1m、長さ2mほどの部屋に移され、物音を立てるだけで暴行されたといいます。

猛暑の中で扇風機を止められたり、電気を消したり、点滅させるような嫌がらせに加え、骨だけを大量に集めた鶏肉を食事にだされたこともあるといいます。

水浴びを禁止され、そのかゆみで体をかくとまた嫌がらせを受け、1日2回のトイレの時のみ体を動かすことを許されている状況だったと説明していました。

イスラム教は1日5回の礼拝の必要があるため、体を動かせるということでイスラム教に改宗、コーランから引用して、「虐待はイスラムの教えに反する」と拘束グループを説得したこともあったといいます。

食事を絶ち、やせ細った安田純平さんは「帰すか、もしくは殺してくれ」と今年10月になってから訴えたこともあったといい、その中で急遽解放が決まり、車に乗り移動、民家を経てトルコ政府に身柄を引き渡されたようです。

スゴイ精神力ですね。普通の日本人だったら恐らく耐えられません。

安田純平さんのサイン帳には「あきらめたら試合終了」と書かれていました。

人気漫画「スラムダンク」の安西先生の言葉の引用とみられ、「イスラムダンク」などとネット上でも話題になりましたね~。

安田純平さんは、現在政府や警察などからも聴取を受けているようで、今後も貴重な情報源となりそうです。

安田純平さんについてはネット上で自己責任論の議論等がなされていますが、それについては「紛争地に行く以上、自己責任と考えている」と自身の責任をきちんと認めています。
また今後の紛争地の取材に関しては「白紙」としています。

今状況ではすぐにまた行くとは言えませんよね~。体も回復しているようで何よりです。

安田純平の韓国国籍の噂は?

安田純平さんは、7月下旬に武装集団によって公開された画像の中で、「私の名前はウマルです。
韓国人です。とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください」と話していました。

そのため韓国人なのではないか?という噂がありました。こちらがその動画です。

確かに韓国人と言っています。

しかしこれに関して安田純平さんは日本へ向かう飛行機の中でしっかり説明しています。

実はイスラム教に改宗した時に、自分でウマルという名前を選び、その名前を使ったとのこと。

さらに「周りにも囚人がいるので、日本人だと言うと他の囚人がそれを聞き、彼らが解放された場合、私(安田純平さん)の監禁場所を知っているので、

例えば日本側に通報するとか、他の組織に通報するとかしたら、(拘束組織のことが)ばれてしまうため、実名を言う、日本人であるということを言うことは禁止されていた」とのことです。

拘束していた武装組織に日本人だと言う事を禁止されていたということであり、安田純平さん自身は日本人で間違いありません。

武装集団側の強要、指示によって韓国人だと名乗っていただけということです。

無事に解放されたとはいえ、安田純平さんは長年の拘束生活で心身ともに疲れ果てていると思いますので、今はしっかり休んで欲しいですね。
そしてまたシリアの現状などについて話す時が来るのではないかと思われます。

いかがでしたか。

今日は安田純平さんについてまとめさせていただきました。

最後までお付き合い頂きありがとうございました~。

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